第3章 被害と加害の構造

 

第1 大量の石綿(アスベスト)被害の発生及びその深刻さと建築作業従事者への被害の集中

1 石綿(アスベスト)被害の発生状況

 石綿粉じんの曝露による肺ガン,中皮腫の給付者数は,最大の職業病と言われているじん肺の要療養者数をはるかに凌駕する状況になっています。

2006(平成18)年~2019(平成31)年までの各年度の石綿粉じん曝露による肺ガン,中皮腫の給付者数が毎年約1000名前後になり,その合計は1万5000名以上にも及びます。

2 被害の深刻さ

 原判決でも認定されたとおり,石綿(アスベスト)関連疾患は進行性があり,予後は不良であり,いずれも重大な疾患といえます。

 石綿関連疾患の予後はおしなべて悪く,重症の石綿肺の場合,5年生存率が25%です。肺がんの場合は手術ができてもステージⅣ(4期)の場合,5年生存率が10%未満です。

 また,中皮腫に至っては,診断確定からの生存期間を7~17カ月とする報告や,胸膜中皮腫発生時からの生存期間の中央値を15.2カ月,2年生存率9.6%,5年生存率3.7%とする報告があります。

 石綿関連疾患には有効な治療法が確立されておらず,患者は自分の症状悪化に焦り,苛立ちながら,迫りくる死の恐怖と闘わなければなりません。

 被災者(一審原告)らは,仕事だけでなく,家族との楽しく平穏な日常生活まで奪われて,非常に大きなストレスを抱えながら生活を続けています。身の回りの世話が必要となり,家族の介護なしには入浴さえもできない日々に,悔しい思いをすることも少なくありません。

 また,それを支える家族の精神的苦痛や負担も,極めて深刻です。

3 建築作業従事者に被害が集中していること

 肺がん,中皮腫の給付件数の約49%は建設業です。そして,石綿粉じん曝露による肺がん,中皮腫の給付者数は建設業に集中していると言えます。

 1970(昭和45)年度以降,建設業においても毎年度継続してじん肺症罹患者が発生し,昭和45年度に77件であったのが,同49年度には200件台に増え,同54年度以降は,500件前後に至りました。この点につき,原判決は「上記件数(じん肺症及びじん肺合併症の罹患者数)はじん肺全般に関するものであるが,昭和30年代以降,建築作業現場における石綿の使用が広まったことに鑑みると,その増加の主たる要因は石綿粉じん曝露による石綿肺であったと考えるのが合理的である」と判断しています。

 

第2 建築作業従事者に被害が集中した原因

1 石綿の大量輸入と建材への大量使用

(1)石綿(アスベスト)は,わが国ではほとんど産出されないため,概ね全てが海外から輸入された石綿です。

 わが国の石綿輸入量は,高度経済成長期に急激に増大し,1974(昭和49)年に約35万トンと1回目のピークを迎えました。その後,1988(昭和63)年に約32万トンと2回目のピークを迎え,1999(平成11)年の時点でも10万トンを超えていました。そして,大量に輸入された石綿のうち,実に約7割が建材に使用されていたのです。

(2)石綿が大量に建材に使用された背景には,国の住宅政策があります。

 わが国では第2次世界大戦後,都市の防火,防災が都市計画の最重要課題とされ,高度経済成長期には,都市における住宅不足の解消のため,住宅の量産化と建築物の高層化を推し進める政策が採用されました。そして,石綿含有建材は工業製品であって大量輸入が可能ゆえ,コストダウンを図れるから,国の住宅に関する施策に合致し,種々の新製品が開発され,生産量は増加していきました。

 国は多くの石綿含有建材を不燃材料等に個別に認定し,石綿含有建材を使用した構造を耐火構造等として個別に指定していくことで,建材への石綿の使用を促進していきました。

 そして,一審被告企業らを中心とする石綿建材製造メーカーらが,多くの種類の石綿建材を製造し,大量に販売し続けてきました。そのため,わが国の建築現場においては長年にわたり多種多様な石綿建材が大量に使用されることになったのです。

2 建築産業の特徴から事業者任せでは石綿被害を防ぎ得なかった

(1)重層下請構造

 このように大量の石綿含有建材が出荷・使用されていた建築現場において,建築作業従事者が石綿被害を防ぎえなかった原因としては,建築産業における就労形態の特徴があります。

 建築産業は,元請・下請関係が積み重なる,重層下請構造となっています。

 建築産業は大量生産方式ではなく一品生産型の産業であるため,作業量は現場によって常に変動し,それに伴い必要な労働力も増減します。そこで,余剰人員を抱えたくない企業は,労働力の外注化を進めるため下請を多用し,さらに下請企業も労働力を外注化していくことで,重層下請構造が形成されます。また,労働力の外注化によって,労働力の増減に対応できるだけでなく,雇用に伴う責任や負担,労働安全衛生管理の責任や負担を回避できることもあり,建築現場では,労働者,一人親方,零細事業主といった雇用形態,就労形態が異なる多数の建築作業従事者が,同一の現場で同一の作業に従事するという状況が常態化していました。

 一人親方等の比率は2005(平成17)年には,建設作業従事者全体の33.4%(約86万人)を占めるまでになっていました。

(2)事業者任せでは石綿被害を防ぎえなかった

 このような多様な就労形態の様々な職種の建築作業従事者が混在しているため,建築現場での安全衛生管理は全体の安全管理の責任が曖昧になり,十分な安全対策を講ずることが困難な環境にありました。

 しかも,ゼネコン等の元請事業者は,安全対策に十分な費用と手間をかけることを怠る傾向が強くあり,事業者らが自発的に建築作業従事者の生命・健康を保護することを期待することなど現実的ではありませんでした。

 石綿の危険に関する知識も持たず,危険から身を守れない建築作業従事者は皆,無防備のまま複合的・累積的に石綿粉じんにさらされていました。

 ゆえに,この石綿粉じん曝露対策について国の法令による具体的な安全確保に関する規制措置がより強く求められたのであり,また,石綿建材製造・販売企業が石綿に関して徹底した警告義務を果たすこと等が求められるべき状況にあったのです。

 この点は,本件における国及び石綿建材企業らの責任を判断する上で,極めて重要な事実です。

  

第4章 一審被告国の責任

第1 違法の始期と終期

1 国家賠償法1条1項の「違法」を判断する枠組み

 これまでの最高裁判決によって,国の規制権限不行使の違法性を判断する枠組みは確立されていますが,個別の事案においては,規制権限を定めた法令の趣旨,目的や,規制権限の性質等に照らして,規制権限行使のあり方について検討を行うことが必須となります。

 この点について,本件で問題となる,旧労基法,安衛法の目的や規制権限の性質等に鑑みるならば,本件で問題となる規制権限は,粉じん作業等に従事する労働者の労働環境を整備し,その生命,身体に対する危害を防止し,その健康を確保することをその主要な目的として,できる限り速やかに,技術の進歩や最新の医学的知見に適合したものに改正すべく,適時にかつ適切に行使されなくてはなりません(筑豊じん肺訴訟最高裁判決:最高裁第三小法廷平成16年4月27日判決,泉南アスベスト訴訟最高裁判決:最高裁第一小法廷平成26年10月9日判決)。

 そのため,本件でも,国が建築現場を想定して講じてきた石綿粉じん曝露防止策について,規制権限を適時にかつ適切に行使してきたのかということが厳しく問われなければならないのです。

2 国の規制権限不行使の違法性は1975(昭和50)年から認められなくてはならない

 (1)原判決は,1972(昭和47)年の時点で,石綿粉じん曝露と肺がん及び中皮腫の発症との因果関係について医学的知見が確立したこと(原判決121頁),建築現場における石綿粉じん曝露の危険性は,昭和40年代が最も高い状況にあり,昭和50年代の建築作業現場も,昭和40年代と大差のない石綿粉じん曝露の危険性が高い状況にあったこと(原判決176頁~178頁)を認定しています。

 その上で,原判決は,1975(昭和50)年の時点における国の規制権限不行使について,「昭和50年当時,建築作業従事者に対して,石綿粉じん曝露による石綿関連疾患の広汎かつ重大なリスクが存在し,昭和50年改正による対策ではこれに対応するに不十分であったといわざるを得ない」とまで認めながら(原判決189頁),結論として,国の規制権限不行使の違法性を,1981(昭和56)年1月1日以降の範囲でしか認めませんでした。

 原判決の判断は,1975(昭和50)年当時,建築作業における石綿粉じん曝露の実態は把握されていなかったとの理解を前提として,国には,「建築現場における石綿曝露が建築作業従事者に広汎かつ重大なリスクを生じさせているとの認識はなかった」(原判決187頁)ことから,同年の特化則改正による石綿粉じん曝露防止策は,「国が当時把握していたリスクに見合う相応の合理性を有するものと評価し得る」ことを理由としています。

 (2)しかしながら,陳述要旨16頁から18頁において要点を述べました,1970年代前半までの医学的知見の集積,建築現場における石綿粉じん曝露の危険性に関する報告,建築作業における石綿粉じん濃度の測定結果からすれば,国は1970年代前半の時点で,建築作業における石綿粉じん曝露の実態を容易に認識することができ,建築作業従事者に石綿粉じん曝露による健康被害が生じることを,確実に予見することができました。原判決の言葉を借りるならば,国は,「建築現場における石綿曝露が建築作業従事者に広汎かつ重大なリスクを生じさせている」ことを,容易かつ確実に認識できたのです。

 また,原判決が,国の規制権限不行使の違法性を認めたのは,防じんマスクの使用,石綿含有建材の警告表示,建築現場の掲示,及び,安全衛生教育の各点ですが,いずれの点についても,規制権限不行使の違法性が認められたのは,新たな内容の石綿粉じん曝露防止策を定めたり,使用者に過重な負担を課すような規制措置の強化ではありませんでしたから,1970年代前半の時点で,これらの規制措置を実施することを困難とする事情は全く存在しませんでした。

 そのため,国は,どれだけ遅くとも1975(昭和50)年の時点で,規制権限を適時にかつ適切に行使し,防じんマスクの使用,石綿含有建材の警告表示,建築現場の掲示,及び,安全衛生教育に関する規制措置の内容を強化しなければなりませんでした。それを怠った国の規制権限不行使について,原判決を除く5つの高裁判決は,少なくとも1975(昭和50)年10月1日以降の違法性を認め,特に,京都1陣大阪高裁判決は1974(昭和49)年1月1日以降の違法性を認めていますが,これらの判断が妥当であることは先に述べた点からも明らかです。

 他方,原判決が,他の高裁判決では問題とされることのなかった「石綿の種類等による曝露レベルと発症リスク」を殊更に重視し,「建築現場における石綿曝露が建築作業従事者に広汎かつ重大なリスクを生じさせている」ことを,国が容易かつ確実に認識できたことを看過して,1981(昭和56)年1月1日以降の違法性を認めるに止まったことは,「適時にかつ適切に」の法理を誤って解釈,適用したものであって,最高裁において,絶対に是正されなくてはならないものです。

3 国の規制権限不行使の違法性は2006(平成18)年まで認められなくてはならない

 (1)原判決は,1987(昭和62)年以降,学校等に施工されていた石綿含有吹付け材に関する多数の報道がなされた学校パニックが起きたことや,1989(平成元)年に,石綿を重量比で5%を超えて含有する建材について「a」マークを表示する制度が導入されたこと等から,石綿ががん原性を有することや建材に石綿を含有するものがあることの認識も広まっていたと考えられるとし,建設労働者が石綿粉じん曝露の危険性を理解して防じんマスクを着用する環境は整っていたとした上で,1995(平成7)年の特化則改正において,使用者に対し,石綿粉じん作業に従事する労働者に呼吸用保護具を使用させる義務を課したことをもって,国の規制権限不行使の違法性は解消されたとし,1995(平成7年)4月1日以降の違法性を認めませんでした(原判決206頁)。

 (2)しかしながら,原判決も認定しているとおり(原判決160頁),1995(平成7)年の時点でも,建築現場における石綿粉じん曝露の危険性は確実に存在していました。

 一方,防じんマスクは,使用した際の通気抵抗等,着用者への負担を伴い,作業効率も低下するため,労働者による自発的な使用を期待することは困難でした(原判決199頁)。そして,1975(昭和50)年の特化則改正後も,建築作業従事者に,石綿の発がん性や防じんマスクの使用の必要性についての認識が拡がっていなかったため,大半の建築作業従事者が防じんマスクを使用していない状況が続いていました(原判決158頁)。

 このような状況の中,1995(平成7)年の特化則改正では,防じんマスクの使用に関する規制措置は強化されました。しかし,防じんマスクの使用を徹底するために必要不可欠である石綿含有建材の警告表示,建築現場における掲示については,依然として,石綿の発がん性を反映したものとなっておらず,原判決が違法性を認めた著しく不合理な表示及び掲示の内容が(原判決201頁),改められることなく,そのまま放置されていました。

 このことは,安全衛生教育の内容についても同様でした(原判決202頁)。

 そのため,1995(平成7)年以降も,建築作業従事者に石綿の発がん性と防じんマスク使用の認識が広く定着することはなく,建築現場の実態として,防じんマスクの使用が徹底されていたということは決してありませんでした。

 (3)本件訴訟を通じ,一貫して強調してきたことですが,国は,旧労基法,安衛法に基づく規制権限を,適時にかつ適切に行使しなければなりませんでした。

 この点,1995(平成7)年の時点では,石綿粉じんの危険性について,発がん性があることは当然の前提として,閾値が存在しないことを前提として安全対策を講じなければならない段階にありました(原判決125頁)。

 また,「防じんマスクの使用を確保するためには,労働者及び労働者を指揮命令する事業者において,当該建設作業現場で現に使用されている建材が石綿を含有しており,防じんマスクを使用しなければ石綿関連疾患を発症するリスクがあることを認識することが前提」であることは,原判決も認定しているとおりでした(原判決200頁~201頁)。

 しかし,国は1995(平成7)年の特化則改正の時点でも,警告表示,現場掲示,安全衛生教育の内容について,石綿の発がん性を反映したものに改めるという,容易に実施し得る規制措置の強化を怠り続けたのです。

 このような国の規制権限行使のあり方が,旧労基法,安衛法に基づく規制権限を適時にかつ適切に行使したものとして評価されるはずがありません。ましてや,学校パニックや「a」マークの導入は,石綿建材全般の危険性や防じんマスク使用の必要性を伝えるものではなく,規制権限不行使の違法性が認められた各規制措置の内容に代わるものでもありませんでした。

 そのため,全国の建設アスベスト訴訟では,原判決を除く5つの高裁判決が全て,1995(平成7)年4月1日以降についても,国の規制権限不行使の違法性を認めているのです。したがって,本件においても,国の規制権限不行使の違法性は,1995(平成7)年の特化則改正によっても解消しておらず,国が石綿の製造等を全面的に禁止する2006(平成18)年8月31日まで継続していたと判断されなければならないのです。

 

第2 一人親方等に対する責任

1 はじめに

原判決における最大の問題は,建築作業従事者のうち,一人親方等に対する国の損害賠償責任を認めなかったことです。

しかし,その後に出された5つの高裁判決は,すべて一人親方等に対する国の責任を認めています。

これらの判決をみれば,原判決が一人親方等に対する国の責任を認めなかったことは,法令の解釈適用において重大な誤りがあると言わざるをえません。

2 安衛法及び国賠法1条1項の解釈適用の誤り

(1)本件であるべき法解釈

 本件訴訟では,建築作業従事者の生命,身体,健康に対して,国はいかなる範囲で責任を負うのかが問われています。

 原判決は,安衛法の「労働者」という文言に縛られて,一人親方等を保護の対象から除外しました。これは,「反射的利益」という言葉こそ使っていませんが,一人親方等の生命,身体,健康は,反射的利益に過ぎないとして切り捨てたに等しい判断です。

 この点について,泉南アスベスト2陣訴訟大阪高裁判決は,「人の生命,身体,健康というものは,行政活動において常に尊重されるべきなのであるから,安易に反射的利益論を持ち出して不法行為の成立を否定するのは相当ではないのであって,当該法令の直接的な保護対象のみに拘泥することなく,その趣旨,目的に照らして,損害賠償における保護範囲を慎重に決するのが相当である」と述べ,「旧労基法や安衛法に基づく規制権限の不行使については,職務上,石綿工場に一定期間滞在することが必要であることにより工場の粉じん被害を受ける可能性のある者も損害賠償における保護範囲に含まれる」と判断しました。

 また,水俣病関西訴訟において,大阪高裁は「水質汚濁により国民の生命,身体が侵害されることになるが,このような場合に,個々の国民の生命,身体の安全は,単なる反射的利益にとどまるものではない」と判断しました。最高裁もこの大阪高裁の判断を是認し,熊本県漁業調整規則32条に基づく知事の権限行使について,「同規則が水産動植物の繁殖保護等を直接の目的とするものではあるが,それを摂取する者の健康の保持等をもその究極の目的とするものであると解される」として,法の明文に拘泥することなく,その趣旨,目的を柔軟に解釈し,周辺住民を救済しました。

 本件のように,人の生命,身体,健康が問題となっている場面では,当該法令の文言のみならず,法令の制定過程や規制態様,関連する法令、被侵害法益の重大性,社会的事実等の背景まで含めて総合的に検討した上で,保護範囲を柔軟に解釈するべきです。

(2)警告表示(安衛法57条)の趣旨,目的について

ア 安衛法の立法経緯

 安衛法は昭和47年に制定された法律ですが,その制定理由として,旧労基法の建前に基づいて規制の対象を直接の雇用関係のみに限定していては,災害を効果的に防止できないことなどがあげられていました。当時の労働災害の傾向からして,直接の雇用関係だけでなく,重層下請関係や建設のジョイントベンチャー等,特殊な雇用関係下における規制も強化しなければ,災害を防止できない状況になっていたのです。

イ 安衛法55条,57条制定の経緯

 そして,安衛法55条の前身である旧労基法48条は,戦前の黄燐燐寸製造禁止法を前身とする規定ですが,およそ何人たるとを問わず,すべての人に適用されると解されていました。

 この旧労基法48条の規定は,安衛法55条に引き継がれましたが,「従前の制度を引継ぎ,さらに最近新化学物質による職業病増加の現状に対応して,製造または取扱いの過程において労働者に重大な健康障害を生ずる物で,しかも現在の技術をもってしては,健康障害を防止する十分な防護方法がない有害物について製造等の禁止の対象物質とすることとし,制度を整備した」と解説されています。

つまり,安衛法55条は,旧労基法48条の適用範囲も引き継いでいると考えられます。

 そして,安衛法57条は,安衛法制定時に新設された規定ですが,第5章に 55条と並列的に規定されており,有害物の職場からの排除という点で共通していますから,その適用範囲は55条と同じくすべての人と解すべきです。

ウ 安衛法57条の規制態様

 この安衛法57条は,個々の事業者(使用者)ではなく,有害物を製造,譲渡,提供等する者(製造者等)に対し,警告表示を義務づける規定です。

もちろん,製品の製造,流通段階では,それを使用するのが労働者であるか,一人親方等であるかを区別することはできません。また,労働者には健康上の被害が生じるけれども,一人親方等には被害が生じないという製品も,およそ想定できません。一人親方等が当該製品を使用するからといって,製造者等に新たな負担が生じるわけでもありません。

 したがって,安衛法57条の規制態様から考えても,その保護範囲は,労働者か否かで区別するのではなく,「有害危険物の使用から作業従事者を保護する」という法の趣旨から判断すべきです。すなわち,建築作業の過程で石綿建材を使用し,危害を被る一人親方等も,安衛法57条の目的には含まれていると解すべきです。

(3)現場掲示(安衛法22条,23条,27条1項)の趣旨,目的

ア 安衛法22条制定の経緯

 戦前の工場法も旧労基法の前身となる法律ですが,工場法13条の「職工」には,工場主と雇用関係にない者も含まれていました。同条は,労働者に限らず,工場・設備から「職工」に生じる危害を防止することを目的とした規定でした。この工場法13条は,旧労基法42条,安衛法22条へと引き継がれています。

 このような歴史的経緯からすれば,安衛法22条の目的には,使用者と雇用関係にある労働者のみならず,労働者と同じ職場環境で働く者も含まれていると解すべきです。

イ 安衛法22条の規制態様

 そして,安衛法22条が規制する建築現場において,労働者のために石綿取扱い上の注意事項が掲示されれば,同じ建築現場で作業している一人親方等もそれを目にすることができますから,掲示の効果が及びます。一人親方等のために新たな義務を課す必要はありません。

 安衛法22条に基づく現場掲示は,建築現場という労働者と一人親方等に共通する「場所」に対する規制ですから,一人親方等もその保護範囲に含まれると解すべきです。

(4)安衛法の関連規定について

ア 安衛法1条,3条,27条2項,29条,31条,等

 安衛法は,「快適な職場環境の形成を促進すること」を目的とした法律です(安衛法1条)。安衛法は,職場環境に労働者のみならず請負人も存在することを想定していますから(安衛法15条,他),安衛法1条に「労働者」という文言が用いられているからといって,労働者以外の者を当然に保護対象から排除しているとはいえません。

 また,安衛法3条は,直接的な使用従属関係のない事業者への規制を定めています。安衛法27条2項は,「労働災害と密接に関連するものの防止」を定めています。安衛法29条は,直接的な雇用関係にない建設現場の元請責任を定めています。安衛法31条は,雇用契約と無関係の注文者の安全対策も求めています。これらの規定をみれば,安衛法が雇用関係の保護のみを目的とした法律でないことは明らかです。

 そして,安衛法に基づいて制定された旧安衛則や旧特化則には近隣被害防止の定めまであるのですから,同じ建築現場で働く一人親方等の被害防止が考慮されないとすれば,あまりにも不合理です。

 このように,安衛法やその関連規定には,雇用関係にない者に対する規制がいくつも存在しているのですから,労働者と同じように建築現場で働いていた一人親方等は,少なくとも損害賠償の保護範囲には含まれると解すべきです。

イ 特別加入制度について

 たしかに,安衛法及び旧労基法の前身である工場法は,屋外労働者である建設労働者には適用されませんでした。しかし,労働者災害扶助法が立法され,同法の適用にあたっては,一人親方等も,単に労働者の代表者又は親方として自ら作業に従事する者であるときは労働者の中に加えられるべきとされていました。

戦後,旧労基法及び労災保険法が制定された際に,一人親方等は,直接の保護対象から除外されましたが,その実態は一般労働者と同様に自ら労務に従事する者であるとして,労災保険法が擬制適用されてきました。

 さらに,この擬制適用が特別加入制度として立法化されたのです。

 安衛法と趣旨,目的を同じくする労災保険制度の歴史的経緯から考えても,一人親方等が労働者に準じて保護されてきたことは明らかです。

(5)「物」「場所」に対する規制権限の不行使であること

 そして,本件で問題となっているのは,石綿建材という「物」への警告表示(安衛法57条)と,建築現場という「場所」における石綿取扱い上の注意事項の掲示(安衛法22条)です。

 警告表示,現場掲示は,どちらも労働者のために規制権限が行使されれば,その効果は一人親方等にまで及びます。一人親方等のために新たな作為義務が生じるものではありません。国が労働者に対して適時にかつ適切に規制権限を行使していれば,労働者と同じように建築作業に従事している一人親方等も救済することが可能だったのです。

(6)一人親方等の実態について

 建築現場においては,労働者であっても,一人親方等であっても,従事する作業内容や作業環境は同じでした。建築現場で労働者と一人親方等を区別することはできません。労働者と一人親方等との間には,雇用か請負かの単なる契約形式の違いがあるのみです。

 また,一人親方等が曝露した石綿粉じんと,労働者が曝露した石綿粉じんは,どちらも同じ石綿建材から発生したものです。当然ながら,一人親方等が発症した病気と,労働者が発症した病気にも違いはありません。

 そもそも,自らの健康,安全を確保できたといえるためには,その前提として危険を回避するための情報が不可欠です。しかし,重層下請構造の末端に位置する一人親方等までは,石綿の危険性や対策の必要性が伝わり難く,一人親方等が自己の健康,安全を確保するために十分な質と量の情報を得ることは困難でした。

 さらに,使用する建材を決めるのは施主や元請事業者でしたから,一人親方等が独自に石綿建材の使用を避けることはできませんでした。

 このような実態からすれば,一人親方等は事業主であるから,自己の危険と責任において事業活動を行い,自己の健康,安全を自ら確保できたという,いわゆる「自己責任論」は成り立ちません。

3 結論

 以上述べたとおり,安衛法の趣旨,目的をその成り立ちや規制態様,被侵害法益の重大性,一人親方等の実態などの社会的背景に照らして,総合的に判断すれば,一人親方等の生命,身体,健康が安衛法の直接的な目的にはあたらないとしても,少なくとも国賠法上の保護範囲には含まれると解すべきです。

 法令の明示的な文言だけに拘泥した原判決の判断には,安衛法及び国賠法に関する重大な法的解釈の誤りがありますので,上告審において是正されなければなりません。

 

第5章 一審被告企業らの責任

第1 はじめに

 続きまして、一審被告企業らの共同不法行為責任について意見を述べます。

 一審原告ら建設作業従事者は,長年にわたって多数の建築現場において建設作業に従事し,石綿粉じんに累積的・複合的に曝露した結果,石綿関連疾患に罹患し健康を奪われ,あるいは生命を奪われています。

 その原因は,一審被告企業らを中心とした石綿建材メーカーが長期間にわたって,多種多量の石綿建材を製造・販売し市場の流通においてきたことに他なりません。

 「生命・身体に関わる重大なリスクについては高度の予見義務を負っている」一審被告企業ら石綿建材メーカーは,遅くとも旧特化則が制定された1971(昭和46)年までには,建築作業従事者が石綿建材から生じる石綿粉じんに曝露することによって石綿関連疾患に罹患する危険性があることを認識ないし認識しえたのであり,その時点で,製造業者として当然に求められるべき注意義務(安全性確保義務)を履行すべきでした。

 しかし,それにもかかわらず,一審被告企業らはこれらの注意義務に長年にわたり違反するだけではなく,その安全性を喧伝しながら,石綿建材を大量に製造・販売し,利益を上げ続けてきたのであって,かかる一審被告企業らの責任は,厳しく追及されなければなりません。

 まずは,このような本件の基本的かつ重要な前提を確認した上で,一審被告企業らの注意義務違反及び,共同不法行為に関する原判決の是正されるべき問題点と,本件において求められる判断を述べたいと思います。

 なお、時間の関係上、上告受理理由となっている太平洋セメントの責任、ノザワの責任に関しては、その責任が認められるべきことが明らかであるということを指摘するに止めさせていただきます。

 

第2 注意義務違反

1 成形板の取り付け後に作業する職種について

(1)原判決は,石綿建材企業は,「製品の安全性確保義務の一態様として,製品に内在する危険の内容及び回避手段について,利用者に警告する義務がある」(243頁)とし,一審被告企業らの警告義務違反を認めました。

 しかし,電工,塗装工といった成形板の取り付け後に作業する職種については,警告表示の対象に当たらないとして責任を認めませんでした。

原判決のかかる判断は誤っており,是正される必要があります。

(2)原判決も認めるとおり,成形板取り付け後に作業する職種も,成形板の加工等によって石綿関連疾患に罹患する危険に晒されていたことを一審被告企業らは当然に把握していました。

 そして,成形板取り付け後に作業する職種に対する警告は,現場監督等を介して伝達することが可能であり,周辺作業者に対して警告義務違反を認めつつ,成形板取り付け後に作業する職種との関係ではこれを否定する原判決の判断は整合性がとれない不合理なものといわざるを得ません。

(3)また,そもそも原判決が指摘する,事業者による安全配慮義務の履行と一審被告企業らの警告義務の履行とは相互に排斥しあう関係にはありません。建材の外観から石綿の有無がわからない以上,あくまで事業者が安全配慮義務を履行するためには,建材メーカーによる警告表示が必要となるのです。

 建材メーカーによるこうした警告表示と事業者の安全配慮義務の関係性を正しく理解すれば,事業者の安全配慮義務の履行を理由に,一審被告企業らの負う警告表示義務を免除するという結論はありえません。

(4)この点,京都1陣大阪高裁判決や大阪1陣大阪高裁判決は,成形板の取り付け後に作業する職種との関係でも,警告表示による結果回避可能性を肯定し,一審被告企業らの警告義務違反を正しく認めています。

(5)以上のとおり,成形板の取り付け後に作業する職種との関係で,一審被告企業らの警告義務違反を否定した原判決の判断は,法令の解釈・適用を明らかに誤ったもので,最高裁で是正し,上記警告義務違反を正しく認めることが強く求められます。

 

第3 加害者不明の共同不法行為

1 はじめに

 原判決は,719条1項後段の適用のためには単独惹起力が必要であると判断しました。そして,加害行為が単独惹起力を欠く場合,「控訴人らは加害者の一部しか特定しておらず,本件においては他に加害者となり得る者が存在することが明らかであることから,719条1項後段の類推適用の前提を欠く」として,「原則どおり,各社の損害発生に対する寄与度に応じた割合による分割責任」になると判断しました。

 そして,原判決は,中皮腫以外の石綿関連疾患を発症した一審原告らについて,特定された加害者の行為には単独惹起力がないことを理由に,719条1項後段の適用又は類推適用を否定しています。

 かかる原判決の判断は,明らかに同条項の解釈と本件における適用を誤っているものというべきであり,是正されなければなりません。

 

2 本件事案の特質と共同不法行為による救済の必要性

(1)一審原告らは,いずれも様々な職種の建築作業従事者として,多くの現場で石綿建材を取り扱い,発生した石綿粉じんに,大量に曝露することを余儀なくされて,重篤な石綿関連疾患に罹患することとなりました。

(2)本件の大きな特質は,このように一審被告企業らが製造販売する石綿含有建材によって,石綿関連疾患を発症したことは明らかであるにもかかわらず,かかる深刻な被害を受けた一審原告らは,加害行為者及びその加害行為の全てを特定することは不可能であることにあり,それを求めることは,一審原告らに不可能を強いるもので,その救済を一切拒否することに等しいものといえます。

そのような結論は,①就労時期と損害発生時期が乖離していること,②一審原告らは,長期間にわたり,多数の現場に従事し,多数の建材を取り扱ってきたこと,③一審原告らは自ら建材を購入,準備していないこと,④そして何より,一審被告らが警告義務を怠ったことが因果関係の証明を困難にした大きな原因となったこと,という本件事案の特質からすれば,著しく公平を欠くものであり,損害の公平な分担を図るという不法行為法の趣旨に反することは明らかです。本件事案の解決にふさわしい719条1項後段の解釈適用が強く求められているものというべきです。

 

3 民法719条1項後段の合理的解釈について

(1)719条1項後段は,いわゆる択一的競合の場合を定めたものと解されており,同条項が適用される要件は,一般的には,①複数の行為者の行為は,いずれも損害の全部を発生させる危険性があるものであること,②共同行為者のいずれかの行為によって結果が発生したといえることが必要とされています。

 しかし,社会生活及び経済活動が著しく高度化,複雑化してきた中で,今日の状況に即応させて,法の予定した合理的判断を可能な限り実現する法解釈が求められています。

(2)本件ではいわゆる択一的競合の成立は困難といえますが,危険な行為が競合,累積して一審原告らの損害,すなわち石綿関連疾患を発症させたというべき本件事案においては,719条1項後段を解釈適用することによって,損害の公平な分担を図るべきことが強く求められているのです。

 

4 本件における719条1項後段の類推適用

(1)原判決は,前述のとおり,719条1項後段の類推適用を否定していますが、この原判決の判断は明らかに誤りです。

(2)単独惹起力の有無を判断することの不合理性

 そもそも,本件は,前述のとおり石綿曝露の経過を詳細に立証することが著しく困難な事案であり、疾病発症の詳細な立証は不可能というべきです。

 本件においては,単独惹起力がない,ないしは不明であることが当然の前提となっており,単独惹起力の有無を判断し,それに基づいて異なる判断をすること自体が本件の事案の構造を正解しないものといわざるを得ません。

 原判決は,大工の一審原告らについて,中皮腫に罹患した者については719条1項後段を適用して3分の1の範囲での連帯責任を認めたのに対し,その他の石綿関連疾患に罹患した者については単独惹起力が認められないとして709条による分割責任とし,しかも3社の合計で損害の16%の範囲でのみ賠償責任を肯定するという理不尽な結論を導いています。この原判決の判断は是正されなければなりません。

(3)他に加害者がいないことは要件たり得ないこと

ア 前述のとおり,一審原告らが全ての加害行為者を特定することは不可能であり,それを求めることは救済を拒否することに等しいこととなります。

イ そもそも択一的競合において一般に「他に加害者がいないこと」が要件になると解されている理由は,実際には損害を与えていない者のみが共同行為者とされ損害の全部について連帯責任を負う結果を避けること、及び同条項の効果は損害の全部についての連帯責任であることから,共同行為者の全てを特定すべきとされることにあります。学説におけるいわゆる「十分性」の要件の問題です。

ウ しかし,本件は,多数の行為が累積したことによって損害が発生した重合的競合,累積的競合といわれる共同不法行為です。したがって,「共同行為者と特定した者の中に真の加害者は存在せず,他に真の加害者が存在する可能性がある」といった状態は前提とされておりません。

 また,一審被告企業らの行為は,少なくとも損害の一部を発生させる具体的危険のある行為といえますし,それらの行為が競合,累積して一審原告らの損害の少なくとも相当な部分を発生させた,部分的な因果関係が認められるのです。このような場合に,共同行為者が無限定に広がるということはあり得ませんし,他に結果の発生に影響を及ぼしたものがいたとしても,その責任を減ずる理由にはなり得ても,免ずる理由にはなりえません。

エ また,719条1項後段の効果は損害の全部についての連帯責任であることから,共同行為者の全てを特定するのが相当である,との点については,共同行為者が負うべき賠償責任の範囲を集団的寄与度に限定することで,妥当な結論を得ることができますし,他の製造企業の建材もまた建築現場に集積している認識があった以上、集団的寄与度の範囲での連帯責任を負わせることが相当といえます。

(4)小括

 以上のことから,原判決の判断を是正し,本件においては,中皮腫に限定することなく,全ての石綿関連疾患を発症した一審原告らについて,719条1項後段を類推適用し,集団的な寄与に応じた範囲について連帯責任を認めるべきなのです。

このように特定された共同行為者の行為の集団的寄与度に限定した範囲で連帯責任を肯定した判断は,他の高裁判決でも判示されているところです。また,多くの学者も上記の判断に賛同しております。

 

第5 結語

最高裁におかれましては,一審原告ら建設作業従事者やその遺族が石綿による深刻な被害を受けた原因は,一審被告企業らを中心とするわが国の石綿建材メーカーが,石綿含有建材を長期間にわたって製品に警告表示すらすることなく大量に製造・販売してきたことにあります。このような本件の基本的関係を踏まえて,損害の公平な分配を図るという不法行為の理念に即して,719条1項後段の公正妥当な解釈を示すことで,原判決を是正し,本件事案の全面解決に資する判断をしていただくことを切望する次第です。

第6章 建設アスベスト訴訟の到達点と最高裁に求められるもの

第1 国の責任について

1 まず、この間地裁、高裁判決により確固たるものとなった国の責任を、司法判

断として確定させることが求められています。

2 とりわけ、当初、国との関係で救済の埒外に置かれてきた一人親方等について、真正面から救済の対象に含める司法判断を確定させることが重要です。

 この点で、藤田宙靖元最高裁判事は、自らが裁判長を務めた筑豊じん肺最高裁判決に関して、その著書の中で、「少なくともここ一〇年程の間において、最高裁が『弱者救済』の方向で大胆なステップを踏み出したケースは…いくつも存在する」、「行政庁が、法律によって与えられた規制権限を適切に行使しないという事態に対して国民がこれを違法と主張して争うことは、従来甚だ困難であった」が、「第三小法廷の筑豊じん肺訴訟最高裁判決は…行政庁の規制権限不行使につき、その違法を認め、損害賠償を認める例を開いたのである。」「法理論的には…別様の考え方もあり得る」が、「それにもかかわらず、第三小法廷がそのような道を選ばなかったのは、原告らの置かれた立場についての十分な洞察に基づく、事案に即した適正な紛争解決への志向からであることは明らかであろう。」と述べられています。

 上記論考は、行政庁の規制権限不行使の違法性判断をめぐるものですが、一人親方等の救済をめぐっても、被災者原告らの「置かれた立場についての十分な洞察に基づく、事案に即した適正な紛争解決への志向」が求められています。

 

第2 メーカーらの責任

1 一方一審被告メーカーらの責任をめぐっては、メーカーらの違法行為が累積したことにより、重大な結果が発生したことが明白でありながら、就労時期と損害発生時期が大きく乖離し、一審原告らが長期間にわたり、多数の現場に従事し、多数の建材を取り扱ってきたこと、そして何よりも、メーカーらが警告義務を怠ってきたことによって原因建材や製造企業の特定が困難となっているという本件の特質及び構造を、真正面から受け止めることが求められています。

2 この間の、この点を直視した地裁、高裁判決の流れを踏まえて、最高裁は、事案の特質に応じて損害の公平な分担をはかるという不法行為法の趣旨にのっとって、共同不法行為に関する判例理論を最高裁として確立させるという重大な責務を果たされることを切に望むものであります。

 

第3 「建設アスベスト被害者補償基金制度」の創設について

1 建築作業従事者の石綿関連疾患による被災者は全国各地で膨大な数にのぼりながら、全国の建設アスベスト訴訟で原告となっている者は、その中のごく一部です。わが国における石綿建材使用のピークと、石綿関連疾患発症までに長期の潜伏期間があること、わが国の石綿建材を使用した鉄筋、鉄骨建物の解体のピークは2030年前後と言われていることからみて、建築作業従事者における発症は、今後もますます増加の一途をたどることは確実です。

 こうした中で被災者、原告らは、個別の訴訟提起によることなく、国と建材メーカーに補償基金を拠出させて、判決の認定基準に従った給付を行う、「建設アスベスト被害者補償基金制度」の創設を一貫して求め続けてきました。

2 これに対して、国は、度重なる敗訴判決にもかかわらず、今日に至るまで、い

っこうに制度創設に足を踏み出すことなく、いたずらに控訴、上告を繰り返してきました。これは国が、大阪泉南アスベスト事件において、2014年に最高裁判決が確定した後、石綿工場で就労し石綿関連疾患に罹患した労働者に対し、個別に提訴すれば訴訟上の和解することにより救済するという、司法解決方式をとってきたのと同様の解決を志向しているためとみられています。

3 しかし泉南型との決定的違いは、泉南型では被害者は約2000名とされているのに対して、建設アスベスト被害は、過去の被害だけではなく、今後もさらに増え続け、その数、数万人に及ぶとされていることです。

 しかもこの司法解決方式では、泉南型では対象者に国が提訴をすれば和解金を支払う旨の通知を発しているにもかかわらず、提訴者は対象者全体の約4割にとどまっているとされ、訴訟提起が重大な支障となっていることが明らかとなっています。

 したがって、司法判断が確定する最高裁判決を機に国が主導して国と建材メーカーが拠出する基金制度を創設し、被害者を救済する以外には道がないこと明らかです。

 以上のしだいであり、最高裁判所におかれては、今後も増え続ける新たな被災者も含めたすべての被害を救済する補償基金制度創設による全面解決に資するために、先に述べた国およびメーカーらの法的責任を裁く明快な判決を下されることを切望いたします。

                                   以上